RE: 朝霧の家|Phase 5:還元

RE: 朝霧の家|Phase 4:工事監理」の続編。プロセスに関するストーリーとしては今回が最終話となります。

今回は工事監理後のPhase 5というタイトルですが、大きくは工事完了後の話をします。

工事が終わることとお引渡とは必ずしも同意ではありません。でもまあ、だいたい同じですね。

正確には鍵を渡すことが引渡となります。鍵を渡してしまうということは法律上クライアントの持ち物となります。もしも工事関係者が何か忘れ物をしてそれを持ち帰ったら窃盗扱いになることもあるそうです。

工事完了から引渡までに行なうことが三つあります。
ひとつは竣工検査です。これは基本的に工事監理者が施工者に対して行ない、合格すればクライアントが施工者に対して行ないます。この検査で是正項目があればその箇所について手直し工事をお願いします。
もうひとつは、竣工写真の撮影です。竣工写真については引渡後、クライアントにお願いして撮影させていただくこともありますし、引渡前の家具のないバージョンと家具の入った後のバージョンなどプロジェクトによってさまざまです。
三つ目が、見学会の開催です。住宅の場合はオープンハウスという言い方をすることが多いようです。設計事務所が主催して行なわれることが多いです。

幸いクライアント検査では大きな指摘もありませんでした。

竣工写真は市川かおりさんにお願いしました。リンク先の写真は彼女の撮影によるものです。
http://izoizo.com/projects/re-asagiri/

見学会は4月20日(土)と21日(日)に行なうこととし、知り合いの建築家などを中心に事前にお知らせし、開催しました。また、両日とも都合のつかないけれどもぜひ見たいという人のために次の週の27日(土)に追加で開催しました。

上がそのときのスナップ写真です。当時の写真をスキャニングしたものですので、画像が鮮明ではないことをお断りいたします。
左上が到着したときのもので、施工会社エイ・クラフトの現場担当が窓を拭いている様子です。
右上は入口のアスロックによるアプローチです。ノンスリップとして貼るチェッカープレートが間に合わず、応急処置として杉板を敷いています。たまたま厚みと幅が一致したのでした。
左下が寝室の窓。左上写真で現場担当が拭いている窓の内側です。青いキューブ上のものが4つありますが、これは見学会用に松田加代子がコーディネートとして置いたガラスです。その下にある銀色の棒状のものは照明器具です。
右下は家具の使い勝手を説明している私です。

照明については以前にも書いた通り、別のストーリーでご説明したいと思います。

見学会をすべきなのかどうかは迷うところです。もちろんクライアントの承諾なしに開催することはありませんが、私たちの行なう見学会は一般の不動産業者の行なう購買者層向けのオープンハウスとは異なり私たちの同業である建築家をご招待することが多く、正直申し上げて、その場で猛烈な批判を浴びることもあり得るからです。もちろん基本性能についての問題などは克服しているのですが、意匠的な観点から厳しい指摘を受けることもあります。

このときも知人の建築家を中心に多くの人に来ていただきました。その中でお子さんも一緒に連れてきていただいたエム氏が一通り見た後で、リフォームコンクールへの応募を薦めてくれました。リフォームコンクールというものを当時知らなかったので、後で調べてみました。そして次の応募時期に応募用紙を入手し、市川さんに撮影してもらった写真など必要な資料を整えて応募してみました。平成15年6月30日必着だったので、その数日前に投函したと思います。

撮影は4月26日の金曜日に行ない、28日にクライアントご夫婦がお引っ越しとなりました。

後日、応募したリフォームコンクールの主催者から、最優秀賞になったので表彰式に参加して下さいとの連絡がありました。

次回は、空間や部位についてのストーリーをご紹介します。

RE: 朝霧の家|空間のストーリー」に続きます。

RE: 朝霧の家|Phase 4:工事監理

RE: 朝霧の家|Phase 3:実施設計」の続編

工事契約が交わされますと、いよいよ着工となります。形式上、設計の仕事は終わり、監理というフェーズに入ります。私たちIZOでは Phase 4 と呼んでいます。

設計の仕事は終わったからあとは現場の工事監督さんにお任せしてのんびりできる、ということにはなりません。

着工後は、それまで設計者という私たちの呼び名も着工後は工事監理者と変わります。大手設計事務所などでは場合によっては文字通り設計者と工事監理者が別人のことがありますが、IZOでは一気通貫して担当します。

また専門的には現場監督さんのお仕事は施工管理と言い、同じ「かんり」という言葉でも表記が異なります。業界では「監理」のことを「サラカン」、「管理」のことを「タケカン」と呼び分けます。お分かりだと思いますが「監」と「管」の部首を指しています。

工事監理者は、設計図書のとおりに工事が行なわれているかを確認し、欠陥の発生を未然に防ぐ役割を担っています。お固い話で恐縮ですが、建築士法第2条第6項に「その者の責任に置いて、工事を設計図書と照合し、それが設計図書のとおりに実施されているかいないかを確認すること」とされています。文面を読むと、業務としては設計者とは別の人でも十分可能です。

ところが、それ以外の業務として設計変更や追加工事の対応というのがあります。特に改修工事では、既存部分を解体すると竣工図書や私たち専門家が想像していたものとは異なる現状が姿を現すことも少なくありません。そういう場合は、解決案を導くにあたり瞬発力を要することも多いのです。


さて、工事請負契約も交わされ、2002年2月5日に着工と決まりました。
着工に先立ち、クライアントご夫婦も近所にアパートを借り仮住まいとなりました。
そんなこのプロジェクトでは着工後に大きな追加変更がありました。外装のルーバーの設置は着工後に出てきたアイディアだったのです。

着工後早期の段階だったと思いますが、施工を担当してくれることとなったエイ・クラフトの橋本社長からここまでの改修になれば外観のデザインも変更すべきではないかという一言からはじまったと記憶しています。もちろん大きな増額請求はしたくありませんでしたので、現場の近くの喫茶店で休憩中に一緒にいろいろ考えました。そこで、橋本社長から断面が30×50の米杉なら反りも少なく手に入りやすいからどうだろうという提案を頂き、それを使ってデザインを進めることにしました。

上の図面は最終形とは異なりますが、写真にもあるように材の向きや間隔に変化をつけて張り分け、それがこの家の表情にもなることを狙いました。

玄関廻りは防犯上から見通せるようにし、2階のリビングの窓に対して外からは見えにくくするように工夫しています。

また図面にもありますように玄関までのアプローチにアスロックという厚さ6cmの押出成形セメント板を床材として使用しました。施工会社は施工責任を負いますので、本来壁材であるセメント板を床に使ってもいいのかと執拗に訊いてきました。ぼくは実際別のプロジェクトで使ったことがあったので大丈夫だと言っても納得してくれません。結局、いろいろ考えた末、元上司の玄関先でも使っていたことを思い出し、連れて行くことにし、現物を見て納得してもらい、施工してもらうことになりました。

私たちの工事監理の方針は、基本的に工事施工者の意見も十分尊重し、建設的な設計変更はどんどん受け入れます。ただし、品質上はもちろん意匠上でも譲れない部分は徹底的に協議していきます。これまで設計という立場の考え方だったところに新たに施工者という考えが入ることで、設計者の100%の考えの通りに進まないことも実は面白いところなのです。

特にこの施工を担当したエイ・クラフトの橋本社長は、ぼくがこれくらいで十分だなと思っても、気に入らないからやり直すという熱い人でしたので意見がぶつかる場面はよりよい改善策に対してでした。

家具や木製建具のアイディアも、ぼくが積層合板の小口をそのまま見せたいと言うと、オリジナルでメープル材を表面材とした積層合板をつくってくれました。それを家具のみならず建具枠まで同じように揃えました。

そんな楽しい現場も2002年4月27日には無事完成し引渡ました。

以上で「Phase 4:工事監理」の話は終わります。

次回はプロセスの最終回となる「Phase 5:還元」です。

RE: 朝霧の家|Phase 3:実施設計

RE: 朝霧の家|Phase 2:基本設計」の続編

実施設計

基本設計が終わると実施設計という段階に入っていきます。私たちIZOでは基本設計を Phase 2、実施設計を Phase 3 と呼んでいます。

基本設計とは、ものすごく大雑把にいうと間取り図程度の簡単な図面などのことで、その建築や空間の在り方を描いた図面だと言えばいいかもしれません。それに対して実施設計は詳細設計とも呼ばれていて、各部の寸法や平面図では壁の厚みの中がどうなっているのかなどがわかるように書かれたものです。

図面の縮尺もこれまでは1/100で書かれていたものを、1/50にスケールをアップさせて書きます。この縮尺は、プロジェクトによって適切なスケールを決めます。建築家によっていろいろ考え方が異なりますが、ぼくの経験上、1/50をベースに書いていくことが多いです。細かく書く必要があれば部分的に拡大するというやり方にしています。例えば有名な安藤忠雄の『住吉の長屋』の図面は1/30で書かれています。原図を写真で見たことがありますが、とても綺麗な手書きの図面です。ぼくも設計の仕事をはじめた頃は手書きでした。今では手書きの図面はほとんどなくなってしまってコンピューターでCADを使って製図します。このプロジェクトもCADで図面を書きました。
CADの場合は手書きに比べて小さい文字でも読めるということや、施工業者にデータで渡すということから、ある程度スケールが小さいものでも対応できると考えていますので、できるだけ自分に見慣れたスケール感で書いておきたいなというのもあります。1/30ももちろんいいのですが、定規を当ててもわかりにくいということもあり、計算しやすい1/50を使うことが多いのです。

こうした詳細図面を書く実施設計業務とは、基本設計に基づき、工事開始可能な情報を記載する設計図書を作成するまでの過程の業務を言います。工事施工者によって見積が可能で、施工用に活用できることが必要となり、実際、建築設計・監理業務全体の約半分のワーク量となります。また、新築や増築などで必要な場合は建築確認申請をクライアントに代わって行なう業務もこの Phase 3 の一部に含まれます。


さて、一般的な話が長くなりましたが、このプロジェクトの話に戻ります。

この実施設計に入る少し前くらいから照明デザイナーと照明計画の打合せをはじめました。
「RE: 朝霧の家」ではAZU設計工房の田村利夫さんにお願いしました。田村さんとは1995年のプロジェクト以来、多くのプロジェクトでお願いしています。

ぼくの場合は、プロジェクトの主旨を説明して、その上で相応しい照明の在り方を照明デザイナーよりご提案頂きます。
その提案がこちらの考えているものと方向性の一致や全体のデザインとの調和などが問題ないと考えるまで打合せを繰り返し、見積と必要な設計図面の作成をお願いします。

このプロジェクトでお願いしたのは、主にふたつでした。
ひとつは、球の種類をできるだけ揃えて欲しいということ。もうひとつは、天井には照明器具をつけないで欲しいということでした。

天井面には照明器具がついているものですが、住宅では天井になにもつけたくないというのがぼくの考え方です。
ぼくのリクエストに見事に応えていただきました。
この照明についての考え方などは、また別のストーリーでお話ししたいと思います。

当プロジェクトでは全面的に手を入れるというリノベーションとなりましたので、コンクリートの躯体を残して内装のすべてを解体することになります。そうなると、意匠性や使い勝手の改善だけでなく、基本性能のアップグレードも行なう必要がでてきます。特に鉄筋コンクリート造の建物なので、断熱は必要だと考えました。柱や梁形が外部に出ている形状であることなどから内断熱で計画することにしました。

そうした内容を実施設計に盛り込み、それを元に施工業者が工事見積書を作成し、金額を調整後、工事契約を交わすことになりました。

以上で、実施設計を含む設計業務が終了し、いよいよ着工となります。

次回は「Phase 4:工事監理」です。

RE: 朝霧の家|Phase 2:基本設計

RE: 朝霧の家|Phase 1:現地調査」の続編

プランニング 第1案

現地調査とヒアリングを元につぎのようなプランニングを提案しました。

  • 玄関を北側に移設
  • 駐車場の確保
  • 2階を生活のメインの場とし、寝室・浴室・便所を1階とする

和室にあった仏壇も2階に上げ、扉をつけて必要な時だけ開けられるように提案しました。

現地を訪れたとき、車が北側にそのまま置かれていたのが気になっていました。また玄関は堂々とありたいという気持ちもありました。ゆっくりとアプローチをとって入りたい。
そして、この提案のメインはリビングを2階に上げたことです。北側に向けて大きな窓にして、公園を見下ろしながら朝食を食べるというイメージです。
木造と違って鉄筋コンクリート構造であるこの建物は2階の床もコンクリート製です。階段部分は大梁と小梁に囲まれて床に穴をあけていて、そこに階段がついている構造になっています。
なので、階段位置を変更させるのがむつかしい。2階にリビング・ダイニング・キッチンを持ってきて大きな広い部屋にするというイメージがありましたが、真ん中に階段があると部屋が分断されてしまうなあと思っていました。
なので、階段を仕切ることなく部屋の真ん中に置いたままにしてしまおうと考えました。LDKの中に階段も入っているという状態です。

この提案図面を元に打合せを行ないました。
大きな構成は了解を得ました。
が、いくつかの修正を求められました。

主な修正内容は、寝室を広くしたいことと、台所からのゴミを一旦ベランダに置けるようにリビングとダイニングキッチンを入れ替えたい、という2点でした。また、できれば屋上にも登りたいというご主人のご要望もありました。

すぐに手を加えて、再び新しい図面を提出しました。


第2案

修正した図面がこれです。

寝室を広げたために、自家用車の頭が少し出てしまうことが心配されましたが、元々屋外に駐車していたので、特に問題はないということでした。

寝室を広げるために洗面室と浴室を寝室の中にいれてみたのですが、使い勝手が懸念されました。

新たなアディアとして、屋上に上がれるようにするのに加えて、寝室から2階のバルコニーへも登れるような階段をつけてみました。このアイディアの出発点は、二方向避難を確保できないかという話をヒントにしたのと、洗濯物を直接2階のバルコニーに運べなるようにするためでした。

打合せの末、屋上への階段はやめることになり、最終案へ向けて進みます。


最終案

第2案から最終案に至るまでに細かな案が出てきましたが、図面上の大きな変化はそれほどありませんでしたので、スムースに進んだと思います。

これが最終案です。

 

第2案と比較すると、1階の寝室内にあった洗面室と浴室を廊下部分からアクセスできるようにしています。
2階は、階段側の収納をなくしてリビングをより広くしました。西側の窓をなくして、南北からのみの採光と通風にしました。

以上で、基本設計が終了し、次のフェーズである実施設計へと入っていきます。

次回は「Phase 3:実施設計」です。

RE: 朝霧の家|Phase 1:現地調査

はじまり《現地調査》

このプロジェクトは、自分たちが高齢者となる前に快適に暮らすことのできるように家を改修したいという要望からはじまりました。

具体的には、階段に手摺をつけたい、風呂をやりかえたい、部屋を美装したい、という程度のものでした。

実際に拝見させて頂くこととなり、後日現地を訪れました。

すると、手摺をつけて美装するだけでは快適さを得られないということがわかりました。
上の写真が改修前の外観です。鉄筋コンクリート造のラーメン構造(柱梁による構造)であることがすぐにわかります。一昔前の派出所のように柱と梁が外部に出てきている構造です。後日この家の図面と構造計算書をお借りするのですが、それを見るとやはり単純ラーメン構造によるものでした。

上の図が改修前の図面です。実際は図面を元にこちらで作成した資料です。

敷地条件(立地条件)としては、東側と南側には隣家がぎりぎりまで接しています。西側と北側は道路に接しています。北側は道路の向こうは公園になっています。南側に隣家が迫っているために南面採光が確保しづらくなっています。

家の中に入ってみます。

街中でよく見かける風景ですが、玄関が道路ぎりぎりについています。図面でもわかると思いますが、扉を開けると敷地を越境してしまう位置についています。1階の床の高さが道路面から50cm程度高くなっていますので、その高さまで上がるためには、道路境界ぎりぎりのところでまず1段上がり、玄関扉を開けてもう1段、上がり框で床レベルまで上がることとなっています。

生活のメインの場は、1階のDK(ダイニングキッチン)とL(リビング)の部分です。特にこのLは南側に出っ張った西側からしか採光がありません。その唯一の窓は磨りガラス状の型板ガラスではめ殺し窓となっているために光もほんのりとしか入ってきませんし、窓が開かないので風が入ってきません。薄暗くてなんとなくじめじめした場所となっていました。

DKもキッチン流し台と吊り戸棚との隙間からと、隣家が迫る南側の窓となり、上写真のようにその窓に重なって物が置かれているために、やはり採光として十分なものとは言えない状態でした。Lの部屋もDKも昼間から照明をつけないと薄暗い環境で、風通しもよくないことがわかります。

階段は、古い住宅が大抵そうであるように、急で上り下りがちょっと辛い。特に急勾配の階段の場合は、上りよりも下りがむつかしいものです。そんな急な階段に手摺もついていませんでした。

2階には小部屋が多く、実際は寝室として使われている部分を除けば、ほとんど納戸として使われていました。2階の西側に窓が二つありますが西日が強いために、居場所としてはなかなか使えないということでした。

2階は西日の問題はあるものの、北側の公園に向かって広がる眺めは、その景色というもの以上に空が広がっているという印象がとても気持ちのいいものだと感じました。公園なので将来に渡って何も建物が建たないということが保証されています。

以上が現地を確認した時の内容です。

これらの条件から、この住宅に最も相応しい解を提案することとなります。

次回は、「Phase 2:基本設計」です。