昭和の暮らし

兄が昭和30年ころに住んでた家のスケッチを送ってきたので微かに記憶が蘇ってきました。
工場の空き地は野菜中心で、玄関の横の庭は、花が主だったように思います。
農家出身の父は、野菜づくりお手の物。花が大好きだった母のために作っていたのかしら……。
自給自足の生活が普通だった時代でしょうか。
ラッキーという名の雑種犬が番犬として飼われてましたが一緒に散歩した記憶がありません。
本当に可哀想なことしました。
鶏?……全く覚えがありません。
きっと早朝から煩く鳴くので近所迷惑だったのか? 私たちのお腹に入ったんじゃないかしらん。
卵かけご飯の時、兄と父は1個。私と母は半分こでした。悔しくて泣いたこと覚えてます。
事務所の向かいには魚屋さんの家族がいていつも一緒に遊んでました。
野菜畑の前の空き地は大工さんの木材置き場になっていて、木片や木っ端があって積み木やままごとをした記憶があります。
こんな小さな家2階建ての家に7人家族が積んでいて、お客さんは結構長く泊まっていました。
私が小学生の頃は坪庭の所にお風呂ができで五右衛門風呂に入るのが怖かった思い出があります。
台所の納屋の前に洗い出しの流しがあって、その隣に氷冷蔵庫。
牛乳屋さんが毎朝3本配達してくれてました。
3歳の私と家族の記念写真(前列左より兄と私と父 後列の祖父は仕事から帰ると必ず着物)
祖父の妹で池袋のおばちゃんが里帰りをしたので、姫路に嫁いでる末っ子のおばちゃんが会いに来ました。
妹は母のお腹の中でした。この年の暮れに妹ができて7人家族になりました。
(松田加代子)

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